こども誰でも通園制度雑感

おいかけるきよこ先生 わたしたちの保育

始まった誰でも通園制度の試行

 2026年から全国で行われる、こども誰でも通園制度、生後6ヶ月から3歳未満まで子どもを一時期的に預けることができる、その名の通り理由を問わず誰でも使える、という制度です。特に、今まで親が働いている子どもに限定された保育園、こども園、ベビーシッター、ファミリー・サポートなどでの対応しかなかった、生後6ヶ月から3歳未満という小さなお子さんの、理由を問わない一時預かりの公的な制度が始まるのは、ようやくとはいうものの、日本の保育制度にとってそれなりに大きいできごとだと思います。

 一時的に子どもを預けることができるのは、孤立した育児になりがちな保護者、特に母親を支える手段の一つととして、とても素晴らしいことです。わたし(岡本)も、自分自身が妊娠・出産や子育ての最中にこんなサービスがあったらという思いを抱き、今の保育のおうちにつながる事業を立ち上げました。
 子育てを社会が支えることは、これからの日本の社会にどうしても必要なことだと思っております。そういう意味では、この誰でも通園制度、興味津々です。次年度に向けての話し合いも進んでいるようですが、いい制度になるといいなと思います。

 でも、とても気になることもあります。今の保育政策の仕組みのままでこの制度を導入すると、混乱や保育の質の低下が起きないかととても心配なのです。

 さ来年度からの全国での誰でも通園制度の本格実施に向けて、現在いろんな市町村で試行が始まっています(関東圏向けではありましたが、NHKでも誰でも通園制度の各市町村での試行をとりあげていたようです。NHKではこども誰でも通園制度の解説ページもあります。)。保育のおうちがある愛知県やその近郊でも、名古屋市や大府市、美浜町、岐南町や松阪市など複数の市町で試行制度が始まっています

 その試行の内容を見ると、既存の幼稚園や保育園、こども園、つまり毎日長期間通う定期利用を行っている施設で、定期利用の子どもたちとは別の、ふだんその園にきていない子どもたちを一時的に預かるという制度が主流のようです。

保育する側からみた誰でも通園制度

集団保育施設が主流の現行試行制度とその課題

 しかし、やはり今の幼稚園、幼児園、乳児園、子ども園、保育園の仕組みの中で、この制度を取り入れるとなると、なかなか思惑通りにいかないのではないかなと心配もしております。特に、こうした施設集団保育の現場の保育士さんには想像以上に負担がかかっていくのではないかと心配しております。

 子どもたちが保育士さんに信頼感をいだくため、あるいは保育士がその子どもの気持ちを感じ取るのにその子がどのような表現をするのかを把握するのに、一定の時間がかかりますし、保育士側にも知識と経験が必要です。

 この子は何を見ているんだろう、どうしてそれを今見ているんだろう、なぜ感情を高ぶらせているんだろう、なぜおちこんでいるんだろう、急に甘えるようになったけどなにがあったのかな。

 一人ひとり、そしてその周りの状況を、保育士は常に細かく観察し、その筋道の仮説を立てて子どもに接してみる。そしてその仮説があたって、子どもと心が通いあえば、またその知識・経験に基づいてさらに子どもの満足と安心、やる気、挑戦を引き出す環境を整える。保育士の役割は、単に子どもの安全を見守るというだけでなく、こうした心の育ち、身体の育ちを支える面も大切です。

 このプロセスを丁寧におこなおうとすると、保育士一人で対応できる子どもの人数はそう多くはありません。まかされる子どもの人数が多くなるほど、一人ひとりを細かく見ることが困難になります。なにしろ子どもたちは次から次へと興味の対象を変え、気持ちも身体の状態も変わっていきますから。

 ならば保育士を増やして対応すれば解決するのであろうか。人を増やして対応できるのか。と言う事は、それとは少し変わってくるとは思っております。ふだん、園に来ていない子どもたちを預かるということは、子どもも保育士もこの出会いのプロセスを一からはじめることになります。配置基準に見合った人数の保育士を揃えればそれができるのか。細かい保育記録を取れるのか、短い時間で別の保育士が作った保育記録から中身を読み取れるのか、読み取った内容からその日の保育がイメージできるのか。

 特に、普段、集団保育、つまり定期利用をする子どもたちを保育士は何人も(5才児になると配置基準上は何十人も)ひとりで見ています。子どもたちの安全を確保しつつ、大勢が効率よく何かを経験したり学んだりすることを支えるためには、準備された環境で皆で同じことをやってもらう、そのやり方からはずれた子どもたちをいかにそのやり方に戻すか、といった、「カリキュラムに沿った保育」「計画に沿った保育」を取らざるをえません。また、子どもと接する保育士は固定されることが基本なので、保育記録も自分がわかれば良いと、他の保育士には伝わらない表現が使われるかもしれません。

 でも、保育士が見られる子どもの数、配置基準を変えて、保育士を増やす子ども見る人を増やす、それだけではこの問題の解決にはならないと思っております。保育士の質を上げる、少数保育の経験を積んでもらう、これらも課題です。人に関わる面が重要なのです。

保育現場の実情と誰でも通園制度との関係

 既存の施設の現場で子どもを見ている保育士たちは、毎日毎日子どもたちの対応や日常事務でほんとに手がいっぱいです。パート化が進み、賃金は低い,責任は重い、毎年同じカリキュラムが続く。保護者の育児支援ができたらより良くなるのにという思いを抱きながら、紙ベースのシステムに時間をとられる。翌月の勤務日が月末になっても決まらない、なんていう職場もあります。子育てを支援する人たちの子育てがままならない。そんな職場も多いのです。

一時預かり専門の立場から

 ではどのようにしてこの「こども誰でも通園制度」がより豊かなものになり、子どもたちも保育士もそして保護者の皆様も安心して保育・育児ができるものになっていくのでしょうか。一時預かり専門という、あまり見たことのない事業を行っている立場から考えてみます。

一時預かり専門園というあり方

 私たちは、まずは一時預かり専門、今のある保育施設から離れてお子様を誰でも預けられるという施設「保育のおうち」を設けました。就労証明もいらない。お預かりするときの理由も聞きませんし、市外県外からでもご利用が可能です。好きな時間に利用開始ができ、利用時間も1時間単位で選ぶことができる。そういった施設・保育サービスとなっております。
 その中には初めて母親と離れるお子様がいらっしゃったり、環境に戸惑い、泣き続けてしまうお子様もいらっしゃったりします。
 そのために保育士が1人ずつつき丁寧にその子どもたちを受け止め、短時間で信頼を築き、安心してもらい、のびのびと過ごしてもらう。そんな短距離走の繰り返しのようなお預かり保育をさせていただいております。

一時預かり専門 保育のおうちの工夫

 まだ立ち上げたばかりの事業で、たくさんのことはできませんが、保育のおうちの1つ目のチャレンジは、まず家庭的保育事業という、家庭の雰囲気に沿った環境を整えました。こどもが早く環境になれるように、普段過ごしているおうちのような場所なら、すぐに慣れてくれるのではという願いが見事に的中。初めて来た場所なのに、子どもたちは母親から自然と離れて、好きな遊び、好きなおもちゃを手に取り遊び始める子が増えました。もちろん泣けてしまうお子様もいらっしゃいますが、保育士がしっかり関わることにより、泣いている時間も短く収めることができます。

 人の面では、志がある保育士が集まるよう、私たちは紹介を中心に、保育士を採用してきました。ベテランから新人に近い人を揃えることで、多様な視点,保育スキルの継承を狙っています。短時間の保育でも対応できる人を育てる仕組みを事業の中に組み込むことを狙ってのことです。
 ベテランの保育士でも、施設保育で長く過ごしていると、ひとりひとりの子どもや保護者とじっくり関わることが少なくなりますし、カリキュラム、計画、から離れてしまうと、不安になったり、これではいけないと思ったりしがちです。わたし(岡本)も、施設での集団保育とベビーシッターや一時預かりの兼業から始めましたが、個々の保育にギアチェンジするのに一年間かかりました。今から振り返ると、あれは集団保育の発想だったな、だから子どもが心を開いてくれなかったんだな、と、しみじみと感じます。保育のおうちの保育士は、そんな気づきを得ながら成長してきた保育士、成長したい保育士がたくさん集まってきています。

 そして、保育環境。どのように環境を整えたら良いのだろう、子どもたちが初めて来た場所なのに、なんだかとてもあったかくて、ふっと遊べる雰囲気を作るにはどうしたら良いのだろう、母親と離れてもすっと気持ちを切り替えて目の前にいる保育士に心をゆだねてくれるにはどうしたらいいのだろう。それらを考え、一般住宅を活用した小規模施設という形にしました。もちろん、県や市の監査は受けていますし、国が定めた小規模保育施設が満たすべき基準をクリアするのは当然の前提としてです。
 異年齢の、興味も育った環境もバラバラの子どもたちの心を感じ取るため、様々なおもちゃを子どもの目線の高さで用意しておいたり、子どもの気持ちを汲み取って言葉にしてあげることで、子どもたちが自分の気持ちを表現できるようになり、挑戦でき、他者を思いやる力が育つのを後ろざさえしています。
 また、小規模なので、送り迎えのお母さんたち、近所を通る育児に関わる人たちや子どもたちと,時間をとって交流ができます。街中で待っているのではなく,町に溶けこんで育児を支援する。そんな取り組みでもあります。
 これらを実現し、継続をしていく。そして保育士たちもここの保育が楽しいと思える。そんな場所を作っていくのが経営者の仕事だと思っております。家庭の育児や早期教育、集団保育を否定するのではなく、誰もが育児や保育を楽しいと思えるようになる、それが私たちのやり方です。

ボールプールで遊ぶふたり

私たちの今後の課題

 孤立した育児から、個々への育児への転換を真剣に考え、形にして、お届けしている私達のやり方。ほとんどマンツーマンに近い体制で運営していくのは、正直言って事業収益面では厳しいところですし、ご利用料金など保護者様への負担もとても大きいものだと思います。できるだけ、保育士の処遇をよくしようと努めていますが、保護者様の負担、今現在ギリギリでつないでいる事業継続のための資金確保、これら3つの要素を常に悩みながら事業を行っております。公立園や私立園など既存施設は、公的な制度にのっとり、枠組みに沿って国や市町村の助成・補助を受けながら運営をしているので、そういう悩みがない。でも、公的な制度は私達のやっていること、やりたいこととは違っているので、今現在はたよりにすることはできません。

 それでも私達は保育が楽しい。保育士たちはその子の人生の育ちや人格の基礎を備えるという変化を後押しする、とても重要な任務を任され、全力で保育にいそしんでおります。
 補助金がなくても,ニーズに対応していれば事業は成り立つのではないか。であれば補助金に頼って制度や政治・行政の思惑に振り回されるのではなく、勇気を持って時代の先駆けをしていこう。そんな思いでいます。
 私たちの取り組みがこの時代の社会に必要であれば、自然に社会の仕組みとして定着するはずです。現に、誰でも通園制度という、私たちと同じ課題意識に基づく制度が立ち上がりました。誰でも通園制度は、市町村ごとの裁量でいろいろな取り組みがなされるとのことです。ですので、中には私たちとよく似た取り組みがこれから現れるのではと期待しています。そんな時、私たちの持つノウハウが活用されればいいなと思っています。そしてその頃には,私たちはまた新たな挑戦を始めていることでしょう。

紀代子


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